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古めのロック(HM/HR)、社会、文化等に関するコラム。日常徒然記録(無双とか本について)もアリ。

Positive Resonance Society & Culture Colums

惜しむべきは性格の不一致:Dokken"Burning like a Flame"
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 実は、今日のコラムは、メイデンか、ドッケンか、ジューダスか、どれにすべきか迷ったのだが、今日は、以前もお知らせしていたので、ドッケンの"Back for the Attack"の中のヒットチューン、"Burning like a flame"のリリック紹介と共に、このアルバムについて、もう少し書いてみようかと思う。丁度、1987年12月号のへヴィメタル専門誌が、手元にあったので、このアルバムについて語るDon Dokkenのインタビューも読む事が出来た。ヘヴィで本物のロックをやりたいという意気込みが感じられ、非常に曲げ難い信念を持ったフロントマンだというのが、彼に関する率直な感想だ。そして、やはり、当時から、Don本人が、バンドメンバー内の性格の不一致は、認めている所で、それでもバンドを続けていく理由の中に、それぞれが一級の腕を持ったアーティストであるという真摯な評価があるようだった。

 ただ、バンドというのは、不仲では、なかなか上手くまとまらないだろうし、続けていくのが困難だったと思う。だからこその、一時解散となったのであろうが・・。

 現実的なこととしても、職場でも何処でも、人間関係がスムーズであることは、仕事の成果に関しても、精神衛生上も、大切になってくる場面は多々ある。

 そのあたりを考え合わせてみても、この"Back for the Attack"というアルバムは、非常に完成度の高いハードエッジサウンドの背景に、緊張感の漲る、バンドの内情があったのではないか・・と、推察される。

 蛇足だが、このDon Dokkenのインタビューの最後に、「日本に行くと、"英語が上手でなくてごめんなさい"、と、ファンの皆さんが言うが、こちらこそ、日本に行っているのに、日本語を俺が喋れなくてゴメンナサイ・・。」というような内容の彼の言葉があった。これは、10年以上、自分の印象に残っている言葉だった。

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 では、今日は、Burning like a Flameのリリック和訳を、いつものように、いい加減な意訳はあるが、紹介したい。

========

Burning like a Flame/Dokken

俺達の愛が、こんなに長く続くなんて、思ってもみなかったぜ。
何度となく、お前が去っちまうと、思いはしたがな。
猶も、愛を消す事無く、キープしてきた。
つまり、これは、お前の心が今でも、俺のものってことだよな。

そして、俺達は、試練の時を乗り越えて、生き残った。
俺が、希望と、好機を、欲したら、
お前は、心を開く鍵を、与えてくれた。
俺のことを、誠実じゃないって、お前はよく言っていたが、
それは間違いだって、証明してやるよ。

2度と、お前の腕を放さないぜ。
もっと前に気付くべきだったな、
お前の愛は、待ちつづける価値があるって事に。



   わからないか?
   俺達の愛は、炎の如く燃えているって事が。
   なあ、わかるよな?
   俺達の愛は、不変だという事が。

   理由はあるさ、なぜなら、お前に触れる時はいつも、
   俺は、気が狂いそうになるんだぜ?

   それでも気付かないのか?
   俺達の愛が、燃えているって事に。
           炎の如く燃える愛。



闇の中の奇跡のように、お前は居なくなった。
俺は、お前の聞きたいセリフを言えなかったしな。
だが、今、俺には光が見える。
それが、明るく燃えているのを感じるんだ。
だから、全ての時を無駄に費やすのをやめにしようぜ。
もっと前に、全部気付くべきだったな。
俺達の愛は、待ちつづける価値があるって事に。


*Repeat

Our love
Our love burning like a flame
Our love, never gonna change

=======

次回は、多分、Iron Maiden, あたり・・書きたいのだが、予定は未定・・。申し訳ない・・。(またDokkenだったら、笑われそうだ。LAメタルの中では、KEELのライヴは素晴らしかったし、凄く好きなので、その辺りも、いつか紹介したいのだが。)

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テーマ:ロック・メタル - ジャンル:音楽

| Dokken | 14:13 | トラックバック:1コメント:0
名コンポーザーの戻った大御所の2000年の名盤:Iron Maiden
名コンポーザーの戻った大御所の2000年の名盤:Iron Maiden
 以前書いた英国のバンドの歌詞について。アイアンメイデンの歌詞は、非常に興味深い。サミュエルテイラー・コールリッジの引用や、HPラヴクラフトへの傾倒などが80年代には見られた。

 今日は、A.SmithとB.Dickinsonが復帰したブレイヴニューワールドを聴いたので、その中から、気に入ったものを紹介したい。

 実の所、自分は、A.Smithが脱退してからのメイデン は、余り聴く気がなく、復帰後のBrave New World, Dance of Deathも、事情があって、聴いていなかった。やっと、手に取ることのできた、この2枚であるが、メイデン節は健在で、嬉しく思った。そして、恋愛に重きを置いていないリリックも、自分好みだ。

 曲自体、耳に残るのは、1度聴いた限りでは、ファーストトラックのWicker Manだった。A.Smithのコンポーザーとしての実力はやはり高いと思った。ASAPやPsycho Motelのアルバムの楽曲も、お勧めだ。万人に受けるタイプの曲作りをするような気がする。彼の作り出したヒットチューン(と、自分は思った)で、一番好んで聴くのはSomewhere in Time収録のWasted Years, Stranger in a Strange Landもグルービーな印象がある。これらは、もう10年来愛する曲なので、是非また、紹介したい。そして、やはり、Dickinson,Smithが戻ってこそ、メイデンの良さ、曲のヴァラエティが広がる気がする。彼等の楽曲は魅力的だ。

 さて、前置きが長くなり、且つ、脱線してしまったが、メイデンのリリックは一つ一つが人生観や価値観の琴線に触れてくる。どれもこれも、紹介したいものばかりだが、今日はタイトルトラックのBrave New Worldを。いつものように和訳の下手さ、いい加減さはご容赦を。


Brave New World / Iron Maiden(Murray, Harris, Dickinson)

捻れた翼の瀕死の白鳥。
美しさは、ここでは、必要ではない。
失われた愛、そして人生。
この恐怖の庭で
俺は多くの物を目にしてきた。

      孤独な人生で、
      母の愛は、もはやない。

この野蛮な人間を、家に連れかえってくれ。



      痛みに満ち、荒廃した家は
      何の意味も為さないのだ・・。
      心を閉ざし、脳を愚鈍化する。



堕落直前に存在するメシア。
人の見るものは、真実ではない。
知る者は、口を閉ざす。
全ては失われ、人の魂は売り渡される。
この勇気ある新世界の中で・・。


勇気に満ちた新世界
素晴らしき新世界で。


竜王と瀕死の女王。
救済は今、何処にあるのだ。
失われた人生、そして夢。
俺の肉体から、骨を引きずり出せ。
静寂の叫びがここで嘲笑っている。
真実を告げるための死。
人は、破滅の定めを受ける、
この勇気ある新世界の中で・・。

*repeat
| Maiden | 14:09 | トラックバック:0コメント:0
HR/HM Search様に新規登録。
HR/HM Search様に新規登録。
HR/HM Search様に、本日、登録させていただきました。リンク集のところにあります。まだまだ、HR/HMの内容が少なめで申し訳ございません。少しずつ増やしていきますので、どうぞ、宜しくお願い致します。しかも、時々雑多・別のことなども書いているので、徐々に改訂・分化も試みますし、音楽についても、素人の呟きなので、ゆっくりと、少し生暖かく見てやってください。お願いします!
本当はNWOBHMが一番好きなんですが・・、まだ、レビューするのに敷居が高いです・・。
| HR/HM等番組感想他 | 14:05 | トラックバック:0コメント:0
終焉に閃いた重厚ロックバラード:Dokken"Walk Away"
終焉に閃いた重厚ロックバラード:Dokken"Walk Away"
 昨日、ここに書いた「Back for the Attack」後、「Beast from the East」というライブアルバムをリリース・・・80年代のDokkenは幕を閉じるのだが、90年代には奇跡の再結成を遂げる。ファン待望の再結成だったであろう。再結成までのブランクの間、ファンは、「Beast from the East」の唯一のスタジオテイク「Walk Away」を聴いて、彼等の復活の有無を語り合ったのではなかろうか。しかし、90年代、復活した彼等のフルレンス一作目「DYSFUNCTIONAL」から、自分は情けない事に、聴いていないのだ・・・。80年代の輝かしい彼等が90年代はどういった楽曲を生み出したのか、今更ではあるが、是非聴いてみたい。しかも、不仲のドッケンとリンチが再び作品を残しているのだから、楽しみでもある。

 今日は、前述の80年代最後のスタジオテイク(と思われる、違っていたら申し訳ない・・)、「Walk Away」の歌詞をかいつまんで紹介したい。和訳の不出来はご容赦を。このPVは是非見たかった・・。1度も目にしていないのが、大変残念だ。

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Walk Away / Dokken (Pilson-Lynch-D.Dokken)

お前の心の色褪せた写真
それが俺に残された全てだ。
俺はまだ、ここに立って待っている。
俺に見えたものを、また見る為に。


流れる時のように、俺はお前の愛を借りていた。
それは、ずっと俺の物であり続けはしなかったな。
だが、俺達が共有した愛というものが、存在したと、
俺は思ってしまった。
そして、今、お前は去っていく。


* ただ遠くに離れていくだけだ。
  もはや、明日など無い。
  ただ、遠く離れる。
  お前は、もう俺の為に存在しやしない。
  遠く離れて、
  俺は、「悪かった・・」と、言おうとした。
  だが、俺にはその方法が見つけられない。
  ただ、遠く離れて・・。


俺は目を瞑っていたから、わかっちゃいなかった。
お前が心に隠した苦しみを。
俺は、お前の心を傷つけようとしたんじゃない。
俺のものになってくれたら・・と、祈りを捧げ・・。


それにどんな意味があるか、今はわからないが、
いつか、明らかになる日が来るだろう。
俺達の間にあったのが愛なのか、
それとも、間違いなのか。
・・・まだ、愛を必要としているというのにな。


*repeat


俺はまだ、ここに立って待っている。
サインを待っているんだ。
俺は、お前の心を傷つけようとしたんじゃない。
俺のものになってくれたら、どれほど良かったか・・。


Just Walk Away
遠く離れて
Just Walk Away...

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| Dokken | 14:03 | トラックバック:0コメント:0
華麗なる自己主張と対立:Kiss of Death / DOKKEN
華麗なる自己主張と対立:DOKKEN
 LAメタル四天王とも数えられた名バンドにDOKKENがある。ドン・ド ッケンのメロディアスでタフなヴォーカルと、ジョージ・リンチのアグレッシブでパーフェクトなギターテクニックが、緊張感のあるサウンドを作り上げていた。・・・緊張感の源・・、80年代、不仲・・それが、まことしやかに囁かれ、その不協和音の中で、解散とあいなったのは、ファンとして残念でならない。ドッケンは、そのバンド名が現わすように、ドン・ドッケンのバンド・・ということだったのだろうか。そこでの、カリスマギタリスト・リンチのリーダー・ドッケンとの対立は、致命的であったろう。だが、多くのギターファンは、カリスマであるリンチのギターテクニックに熱狂した。自分もその1人である。彼なくしては、ドッケンは存続しえないと、思う者は余りにも多過ぎた。

 「Back for the Attack」という4thアルバムは、彼等の対立が極限に達したものとも言われた。伸びやかでメロディアスなドッケンのポップ感あるヴォーカルに、エッジの効いたアグレッシブ&スピーディなギターパートが主張するようにフロントに打ち出されてくる。溶け合うようで、そうでない・・とも、批評されていたが、自分は、聴けば聴くほど、この緊張感・対立感・自己主張が、楽曲の完成度を高めているようで、惹きつけられるのである。ヒットソング「Burning like a Flame」やエルム街の悪夢パート3の収録曲「Dream Warriors」も収録された大作「Back for the Attack」は、自分のよく聴くフェイヴァリット・アルバムとなっている。

 そのアルバムの最初の曲、メロディアスでかつへヴィな逸品「Kiss of Death」の歌詞を、自己流の訳ではあるが、紹介したいと思う。多少の意訳・解釈の相違は、許していただきたい。




Kiss of Death / Dokken(Lynch-D, Dokken-Pilson)

まるで森をかけ抜ける風のように何気なく
それは、予期せぬ出来事だった。
しかし気付くと、もう其処には何もないのだ。

まるで何事もなかったように・・。
俺にはどうしても見る事も出来ないのか・・、
ただ、思い出に身も心も攫われてしまう。


俺にそんな事が解る筈もなかった。
彼女が俺の手を取って、
俺の命を奪い去るなんて。
    死神の如き口付けで、


彼女はベッドに横たわりながら、
天国へ連れて行ってくれると約束した。
まるで悪魔の魅力を持つ堕天使のような彼女。
彼女は俺を天国へ誘うと約束したんだ。
    命を奪う魔の口付けで


彼女が俺の手を握った時、
俺の理性が其れを止めようとした。
だが、俺の心に火がついていたから、
そして、彼女は、俺が求めていると解っていたから、
その手を決して離さず、もっと多くを俺に与えてくれた。

しかし、今、対価を払う時がやってきた。
恋は、刹那のものだったんだ・・。


彼女は俺の手を取り、
俺は彼女の魔力に魅せられる。
しかし、瞬時に俺は解った、
彼女の口付けで、俺の命は終わる。
    命を奪う魔の口付けだ。

*******

また、いずれ、このアルバムについて、そして幾つかの楽曲については、語りたいと思っている。
| Dokken | 14:01 | トラックバック:0コメント:0
南北問題、その事例の考え方
南北問題、その事例の考え方
 先進国と発展途上国の格差から生じる諸問題を『南北問題』と言うのは、知られているところであるが、先日、TVでこれの解消についての議論がなされていた。今日は、それについて、思った事を、相変わらず、低次元の自分の意見ではあるが、つらつらと書こうと思う。

 まず、発展途上国の多くは、現・先進国(欧米諸国)の植民地であったことを、そこでは言っていた。例えばアフリカ、ここでの国境が、地図で見て、あまりに直線でひかれているのは、先進国がひいたものだからだ・・とも語られていた。確かに、地形、文化、民族の関係を無視して、ビシッと真っ直ぐに直線が引かれているのは違和感があるが、そのような理由からだとされれば、納得がいく。

 そして、そのアフリカでは、植民地制度より独立してからも、多くの土地を白人が所有しそこで現地の人々が働いている事実が、現在でもあまり変わらないことが、発展途上国自体の貧困状態を持続させてしまっている事、だから、南北問題・・発展途上国の、発展を妨げている事は、そうそう簡単には解消されないという話だ。

 逆に、反対の例としてあげられたのが、中国で、植民地支配の後、第2次世界大戦後、数十年のStrugglingを越えた後、1980年代になって、先進各国の工場誘致を、幾つかの経済的及び技術的なトランスファー等の確約を取り付けて、実現させた事より、中国は飛躍的な発展を遂げた事を、例に取り、こういったことも可能である・・と、論じられていたが、自分は、ここに物申したい。

 アフリカと中国を、比べるのは、無理である。まず、中国を植民地支配ベースの発展途上国と、位置付ける事が、おかしいのだ。少なくとも、中国は、黄河文明以来、独自の文明・文化を保持し、世界をリードする発明・発見も多く成し遂げてきている。思考能力に桁外れに違う潜在的なものがある。そして、植民地・・に近い存在として歴史に位置付けられた年月が全く違う。眠れる獅子と、称された中国の潜在能力を、この番組ではお忘れではなかろうか。

 アフリカ諸国が現在モノカルチャー的指導を受け入れているという問題も勿論あるが、なによりも政治的な独立、変革的な思考を独自に打ちたて、それを前向きに全体で押し進めていこうという統制がないことは、強大な中国と比べる事が不可能ではなかろうか。中国でさえ、様々な問題を抱えて、方向を変え、手法を変え、やっと至った現在の発展でもあるのだ。
 南北問題の中に、アフリカ諸国と中国を比較に出されたこと、それも、同じ植民地ベースで・・ということには、少々違和感を覚えた。

 確かに、アフリカ諸国の抱える問題の解決は難しい。様々な経済的・国際的な問題が、余りにも、根深く残るからである。長い年月の楔から解き放たれるのには、同様に長い年月を必要とするのではないか・・と、自分は思う。
| 未分類 | 13:59 | トラックバック:0コメント:2
民営化
民営化
 如月。節分にあたって、数件のお届物をするのが、自分の慣例である。受験生を複数持つ友人宅、前年・前々年に人生の転換期のあった友人宅、今年厄を飛ばし少しでも幸せになって欲しい大事な友人宅、・・などに、縁起の良いお菓子を(菓子製造メーカーに騙されているのかもしれないが)贈るのである。勿論、好みも有るだろうから、この種の味がダメな方には贈れないのが残念ではあるが、福をうちに・・という祈りを込めて、味覚的に多分、OKな友人達(家族がある場合、分けてご賞味頂けるので猶良しである)に贈るのだ。

 昔だったら、お宅の玄関先に伺って、手渡ししたいところなのだが、友人達は日本各地に分散してしまった。自分の動きが、家族とともに、よく移動するからというのもあるが、友人達も同様、転勤などで、各地をフットワーク良く動いたりもする。
 だからこそ、大事な贈り物は、配達業者によって、それぞれの家に届けられる事になる。


 福を招く・・事を考えて、節分に間に合うように・・と、昨日、2件分は発送したのだが(他の分は先週発送したので、もう配達済みである)、「寒波の影響で広島とかー、東北とかー・・明日には届きませんね。」と、とある配達業務の窓口の方は困ったように言った。
「いえ・・、広島でも、東北でもありませんが・・、関西圏はいかがでしょうか。」
「なんとかなればいいんですけどねー、トラックで行きますからねー・・。」
   トラックで行くからなんだというのだろうか・・。
「節分の3日までに届いて欲しいとは、思いますね・・。」
自分は、事情が事情だからな・・と納得し、窓口の上に、大事な届け物を置いた。関東の友人には、合格祈願とともに、今日には着いているだろう。この分だと、関西の友人には、本日中には届かないだろうが、致し方ない。


 そして、今日、別のものなのだが、やはり、明日極力到着して欲しい届け物をすることになった。昨日の配達業務の窓口の方の言葉を思い出し、別の大手業者に1本電話を入れてみた。
「寒波で・・雪とかありますが、明日中に着きますでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
あっさりだった。昨日よりも、雪深い所へ送るというのに、どうしたことか。配達業を取り扱う所によってこれほど違うのか・・・?
集荷のドライバー氏に、念の為に聞いてみたのだが、やはり、明日配達OKとのこと・・、この自信に満ちた態度が、ユーザーを安心させる。


 なんとなく、気になって、この二つの配達業務のHPを見てみた。
前者(翌日配達に難色を示した所)と後者(翌日配達OKと自信を持って答えてくれた所)では、明らかにサービス内容や量が違った。多種多様なユーザーのニーズに答えられる後者に対して、前者はまだまだ未開発といったところだろうか。


 種明かしをしよう。翌日配達が天候の為難しいと言った前者は郵便小包である。郵政民営化と言うが・・、郵便小包の配達業務に関して・・つまり、宅配に関しては、まだまだ、発展していかなければ、現存の数社のサービスその他に太刀打ちできない気がする。これは、1ユーザーの考えでしかないが。
 数ヶ月前に、郵便小包をコンビニが取り扱うようになったら、現存の大手宅配業者の強敵となる話題があったが、このサービス状態ではどうだろうか・・。窓口が多くなっても、そこから先の、肝心の動きやサービスが今のままでは、まだまだ、固定顧客はつかない気がする。今まで培った大手業者に当分は軍配はあがっているだろうと、自分は考える。


 大量に置かれた赤いポストのおかげで、どこかユトリを持っているのかもしれないが、動かぬ赤いポストよりも、そこから先のフットワークと、顧客を満足させるサービス内容が、支持を得るのではなかろうか。


 このまま、なし崩し的に民営化してしまっては、壁にぶつかる事は目に見えている・・。壁にあたってから、如何に改善し、折角持っている不動のネットワークを何処まで手際良く統制し改質させていくか、そこが、見物である。民営化推進でも反対でもないが、やるのならば、顧客を安心・満足させるサービスを実現していただきたい。
| 未分類 | 13:55 | トラックバック:0コメント:0
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